あなたを癒すもの

礼拝メッセージ ー聖書のことばを、一緒に。

あなたはどんな人(2020.7.19)

f:id:FITchurch:20200606171314p:plain

 


【あなたはどんな人】

ヨハネ福音書 1章14-18節/詩篇25篇10節》

 

旧約新約を通して、聖書には記憶に強く残る言葉がいくつかあると思います。

 

個人差もあるとは思いますが、記憶に残る言葉の一つにきょうの14節「ことばは人となって私たちの間に住まわれた」というみことばがあります。

 

ことばを擬人化いや擬神化させた手法には本当に感心させられるものがあります。

 

ヨハネ福音書1章1節には「初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」とあります。

 

神様は確かにことばであり、神がことばを発することで天地は創造されました。

すべてが造られ、いのちを授かり息吹いたわけですが、私たち人間はことばからいのちを感じることができません。

 

「神が愛である」ということばからその意味を理解することはできても、愛を感じることはできません。

 

いのちに触れ、そこに温かさを感じ、柔らかさを感じ、匂いを感じ、形を感じて初めて生きているものを感じることができます。

そのいのちから優しくされ、親切にされて初めて愛を感じることができるのです。

 

私たちが、神とはいのちがありあたたかく柔らかく、優しく親切で正しいお方であることを感じられるようにと、神は御子救い主イエス様をこの世に送ってくださいました。

エス様が来られる時まで人間はだれ一人として神を見ることはできませんでした。

エス様を通して神を見て、神がどのようなお方かを知ることができるようになりったのです。

 

モーセによって与えられた律法を守って生きる…そこに救いは見い出せません。

 

救いはイエスキリストにあります。

 

詩篇25篇10節に「主の小道はみな恵みとまことである。その契約とそのさとしを守る者には。」とあります。

 

小道はいわゆる小さな道のことではなく、神様が用意してくださっている恵みにあふれる人生の王道です。

 

神様は恵みそのもので、私たちはその恵みを受ける権利があります。

 

恵みを受けるには、神様との契約とさとしを守ることだということです。

「契約とさとしを守る」というと、縛られ窮屈なイメージですが、そうではありません。

これは「契約の責任を果たす」と訳されるべきで、イエスキリストの恵みを受けるにあたり、私たちが神様との約束の責任を果たさなければならないということです。

 

責任とはイエス様のように生きることです。

 

難しいことではありません。柔軟で、優しく、親切で、温かい愛を感じさせる人として生きることなのです。