マタイの福音書 4章1−11節
1)
それからイエスは、悪魔の試みを受けるために、御霊に導かれて荒野に上(のぼ)って行かれた。
2)
そして四十日四十夜、断食をし、その後で空腹を覚えられた。
3)
すると、試みる者が近づいて来て言った。「あなたが神の子なら、これらの石がパンになるように命じなさい。」
4)
イエスは答えられた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」
5)
すると悪魔はイエスを聖なる都(みやこ)に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、
6)
こう言った。「あなたが神の子なら、下に身を投げなさい。
『神はあなたのために御使いたちに命じられる。
彼らはその両手にあなたをのせ、
あなたの足が石に打ち当たらないようにする。』
と書いてあるから。」
7)
イエスは言われた。「『あなたの神である主を試みてはならない』とも書いてある。」
8)
悪魔はまた、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての王国とその栄華を見せて、
9)
こう言った。『もしひれ伏して私を拝むなら、これをすべてあなたにあげよう。」
10)
そこでイエスは言われた。「下がれサタン。『あなたの神である主を礼拝しなさい。主にのみ仕えなさい』と書いてある。」
11)
すると悪魔はイエスを離れた。そして、見よ、御使いたちが近づいて来てイエスに仕えた。
(聖書 新改訳2017/©︎2017 新日本聖書刊行会)

現代社会には、あらゆる誘惑がいたるところに仕掛けられています。
誘惑を仕掛けるのは悪魔です。
悪魔は非科学的な “たわごと ” ではありません。
実在し、私たちに害を与える恐ろしい存在なのです。
悪魔が、絵画に描かれているような角が生え、牙が生え、矢尻のような尻尾が生えている目に見える存在なら、逆にちっとも怖くありません。
そんなものに出くわしたら避けて通ればいいだけのことです。
悪魔が恐ろしいのは、目に見えない存在であり、私たちの心の中に甘い言葉で忍び込み、私たちを破滅させるからです。

今日の聖書箇所には、神である救い主でさえも誘惑にあったことが書かれています。
私たちは誘惑にあい、その誘惑に負けてしまうこともあります。
『誘惑に負ける』ということは、悪魔の企みに負けてしまうということです。
主は誘惑に負けず、悪魔の企(たくら)みを退けました。
どうやって誘惑に、悪魔に、打ち勝ったのでしょう?
それはみことばによって…すなわち神の教えに従うことによってでした。
私たちが、狡猾な悪魔の誘惑に打ち勝つ唯一の手段は、神の教えに従うことです。
日々聖書に触れ、神の教えをしっかりと握りしめて、イエス様のようにみことばによって誘惑に打ち勝ちましょう。
誘惑に打ち勝ち、悪魔を退けることができれば、私たちの人生は喜びと平安と神の祝福で満ちあふれることになります。
〜【誘惑の甘い罠】 マタイの福音書4章1ー11節〜