ー予言でなく預言ー
エゼキエル書13章1-9節
1) 次のような主の言葉が私にあった。 2)「人の子よ。預言をしているイスラエルの預言者どもに対して預言せよ。自分の心のままに預言する者どもに向かって、主の言葉を聞けと言え。 3) 神である主はこう仰せられる。自分で何も見ないのに、自分の霊に従う愚かな預言者どもにわざわいが来る。 4) イスラエルよ。あなたの預言者どもは、廃墟にいる狐のようだ。 5) あなたがたは、主の日に、戦いに耐えるために、破れ口を修理もせず、イスラエルの家の石垣も築かなかった。 6) 彼らはむなしい幻を見、まやかしの占いをして、『主の御告げ(みつげ)。』と言っている。主が彼らを遣わされないのに。しかも、彼らはそのことが成就(じょうじゅ)するのを待ち望んでいる。 7) あなたがたはむなしい幻を見、まやかしの占いをしていたではないか。わたしが語りもしないのに『主の御告げ。』と言っている。 8) それゆえ、神である主はこう仰せられる。あなたがたは、むなしいことを語り、まやかしの幻を見ている。それゆえ今、わたしはあなたがたに立ち向かう。—神である主の御告げ。— 9) わたしは、むなしい幻を見、まやかしの占いをしている預言者どもに手を下す。彼らはわたしの民の交わりに加えられず、イスラエルの家の籍にも入れられない。イスラエルの地にもはいることができない。このとき、あなたがたは、わたしが神、主であることを知ろう。 10) 実に、彼らは、平安がないのに『平安。』と言って、わたしの民を惑わし、壁を建てると、すぐ、それをしっくいで上塗りしてしまう。 11) しっくいで上塗りする者どもに言え。『それは、すぐはげ落ちる。』大雨が降り注ぎ、わたしが雹(ひょう)を降らせ、激しい風を吹きつける。 12) すると、壁が倒れ落ちる。人々はあなたがたに向かって、『上塗りしたしっくいはどこにあるのか。』と言わないだろうか。 13) それゆえ、神である主はこう仰せられる。わたしは、憤って激しい風を吹きつけ、怒って大雨を降り注がせ、憤って雹を降らせて、こわしてしまう。
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聖書は占いをすることを戒めています。
人間は未来を知ることができません。
でも未来がどうなっているのか知りたい。
しかし人間には未来を知る能力がないので、占いによって未来を知ろうとするのです。
けれども未来を知ることができる力は霊によるものです。
神は霊であられますからもちろん未来を知る能力を持っておられます。
そして神に敵対する霊…悪霊も未来を知る力を持っています。
神様は聖書ではっきりと、「人は未来を知る必要はない。毎日を精一杯生きなさい」とおっしゃっています。
とすれば占いによって未来を教えてくれる霊とは悪霊であるということになります。
ですから聖書は占いすなわち悪霊との交わりを禁じているわけです。
悪霊と交わりを持つのは危険な行為です。
また占い師の中には霊と交わる能力もないのに霊を呼び出したかのように振る舞い、霊のことばではなく自分のことばを神のことばとして伝える者もいるのです。
私たちはそんな幼稚なまやかしに騙されてはいけません。
本物の神のことばに耳を傾け、従うのです。
預言は予言(未来を予知することば)ではありません。
神が今、私たちに与えてくださることばです。
私に今必要なことは何かを教えてくださる神のことば『預言』に耳を傾けましょう。
今日の聖書にも、占いはまやかしであり、むなしいとあります。
むなしいものに頼るのでなく、生きる、まことの神のことばに頼りましょう。
〜予言でなく預言【エゼキエル書13章1ー9節 】〜