〜イエス様に焦点を当てろ〜
ヨハネの福音書 19章12−17節12) こういうわけで、ピラトはイエスを釈放しようと努力した。しかし、ユダヤ人たちは激しく叫んで言った。「もしこの人を釈放するなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王だとする者はすべて、カイザルにそむくのです。13)そこで ピラトは、これらのことばを聞いたとき、イエスを外に引き出し、敷石(ヘブル語ではガバタ)と呼ばれる場所で、裁判の席に着いた。14) その日は過越の備え日で、時は6時ごろであった。ピラトはユダヤ人たちに言った。「さあ、あなたがたの王です。」15) 彼らは激しく叫んだ。「除け、除け。十字架につけろ。」ピラトは彼らに言った。「あなたがたの王を私が十字架につけるのですか。」祭司長たちは答えた。「カイザルのほかには、私たちに王はありません。」16)そこでピラトは、そのとき、イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した。 17) 彼らはイエスを受け取った。そして、イエスはご自分で十字架を負って、「どくろの地」という場所(ヘブル後でゴルゴタと言われる)に出て行かれた。
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安倍元総理の暗殺事件は、統一協会と関係を持っていた国会議員たちには思わぬ方向へ事が運ばれていくことになりました。
これを機にすべてを明らかにしてもらいたいものです。
国会議員は国民から選ばれて国民のために奉仕すべきなのに、彼らの言動・行動はまるで統一協会から派遣された者であるかのように、統一協会寄りの、統一協会擁護に終始していました。
イエス様の裁判を行うピラトもローマから派遣された総督で、ローマの法にのっとった裁判を行わなくてはなりませんでした。
しかしユダヤ議会やユダヤ教指導者たちの顔色を伺いながら裁判を進めたのです。
ピラトは3度もイエス様は無実であると宣言しているのに(18:38/19:4/19:6)、人々の強引な主張に押しまくられて、ついにイエス様を興奮したユダヤの民衆に引き渡してしまいました。
私たちの生きる世界は矛盾にあふれています。
明らかに間違っていることでも、忖度して正しいことのように扱ってしまったり、不純な動機でものごとを判断したり、権威に対しておもねったりします。
すべては私たちが罪人であるため。
人間の持つ弱さのゆえです。
イエス様はそんな人間一人ひとりの弱さ、矛盾、醜さ、汚れを一手に引き受け、十字架にかかってくださいました。
にもかかわらず、私たちはイエス様に焦点を当てず、都合が悪くなると自分に焦点を当てて自分に都合よく、間違いも正しいとしてしまいます。
いつでもしっかりとイエス様に焦点を当てましょう。
〜イエスさまに焦点を当てろ【ヨハネの福音書 19章12ー17節 】〜