ヤコブの手紙 1章2-8節
2) 私の兄弟たち。様々な試練に会う時はいつでも、この上もない喜びと思いなさい。3) あなたがたが知っているとおり、信仰が試されると忍耐が生まれます。4) その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは何一つ欠けたところのない、成熟した、完全な者となります。5) あなたがたのうちに、知恵に欠けている人がいるなら、その人は、だれにでも惜しみなく、とがめることなく与えてくださる神に求めなさい。そうすれば与えられます。 6) ただし、少しも疑わずに、信じて求めなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。7) その人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。8) そういう人は二心(ふたごころ)を抱く者で、歩む道すべてにおいて心が定まっていないからです。
(聖書 新改訳2017/©︎2017 新日本聖書刊行会)
人間は、仙人のように霞(かすみ)を食べて生きていく、というわけにはいきません。
生きるために食べ物が必要で、食べ物を手に入れるためにはお金が必要です。
しかしお金は使えばなくなるし、盗難に遭うこともあります。
株式や債券に変えても、暴落して一瞬にして消えてしまうこともあります。
お金儲けをして多くの財産を蓄え、子孫に残したいと考える人がいますが、それは愚策であるといえます。
お金は、盗まれたり景気に左右されて目減りしたり、使えばやがてなくなるからです。
しかし「知恵」は、盗まれることも使ってなくなることもありません。
箴言には「知恵」という言葉が89回も出てきます。
人は若いうちから知恵を求め続けるべきだと教えているのです。
しかし、知恵は知識と違って、学校で勉強したり本を読んだりインターネットで検索して得られるものではありません。
ならばどうやって手に入れたらいいのでしょうか?
ヤコブ1:5には「神に求めなさい」とあります。
求めればただで与えられる、というおいしい話です。
ただ「…少しも疑わずに、信じて求めなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。その人は、主から何かをいただけると思ってはなりません」ともあります。
「知恵をください」と神に願うには、自分の力が100%足りないことを認めることです。
人はどうしても、知識と経験に頼ろうとします。
そして知識と経験から得た知恵を超えることができないのです。
謙虚に、自分が足りないことを率直に認め、知らないことや新しいことに常に心を開いて学び吸収しましょう。
そうすれば、私たちはいつも若くあり、前進し続けることができます。
〜【永遠の若さ、それは神の前にぬかづく人】 ヤコブの手紙 1章2ー8節 〜