【 イザヤ書 55章6-11節 】
ー 神様の代打逆転満塁サヨナラ本塁打 ー
信仰を貫き通し、信仰のために命を捧げた人を殉教者と呼びます。
預言者イザヤも殉教者でした。
ユダ王国アマツヤ王の兄弟アマツの息子マナセは、偶像礼拝を国民に強いていました。
マナセが王家の血筋であるにもかかわらず、イザヤはそのことでマナセを叱責し、そのためマナセに捕らえられてのこぎり引きの刑で処刑されました。
相手が王であろうが、苦しみ抜いて殺されるのこぎり引きの刑に処せられようが、イザヤは信念を貫き通しました。
唯一まことの神を信じ続け、マナセ王にも真実の神に立ち返るよう勧めました。
それは、彼の信じる神には人間には計り知れない力があり、能力があり、人間には到底及ばない想いや考えがあることを信じて疑わなかったからです。
私たち人間は、自分に対して酷いことをした相手を赦すことができても、心のどこかでその人への憎しみや軽蔑、疑念、蔑視などが残ります。
それらを一掃するのは困難です。
しかし神は、神に立ち返る者に与える赦しや憐れみにおいて、人間の理解を遥かに超えて働くのです。
まさしく、天が地よりも高いように私たちとは比較にならない思いを持って接してくださるのです。
私たち人間とは比較にならないからこそ、その神に立ち返る意味があるのだと、イザヤは語っています。
野球の試合で代打逆転サヨナラ満塁ホームランは、10年に一度あるかないかでしょう。
でも神を信じる者は、毎日その体験をすることができます。
10年に1度の奇跡を常に信じて歩むことができます。
神様の約束は空しいものではありません。
必ず成就します。
毎日、代打逆転満塁サヨナラホームランを期待できるのです!