マタイの福音書 14章13-21節
13)それを聞くと、イエスは舟でそこを去り、自分だけで寂しいところに行かれた。群衆はそれを聞き、町々から歩いてイエスの後を追った。14) イエスは舟から上がり、大勢の群衆をご覧になった。そして彼らを深くあわれんで、彼らの中の病人たちを癒やされた。15) 夕方になったので、弟子たちはイエスのところに来て言った。「ここは人里離れたところですし、時刻ももう遅くなっています。村に行って自分たちで食べ物を買うことができるように、群衆を解散させてください。」
16) しかし、イエスは言われた。「彼らが行く必要はありません。あなたがたがあの人たちに食べるものをあげなさい。」17) 弟子たちは言った。「ここには五つのパンと二匹の魚しかありません。」18) するとイエスは「それを、ここに持って来なさい」と言われた。19)そして群衆に草の上に座るように命じられた。それからイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて神をほめたたえ、パンを裂いて弟子たちにお与えになったので、弟子たちは群衆に配った。20) 人々はみな、食べて満腹した。そして余ったパン切れを集めると、十二のかごがいっぱいになった。21) 食べた者は、女と子どもを除いて男五千人ほどであった。
(聖書 新改訳2017/©︎2017 新日本聖書刊行会)
世の中には、ものごとを始める前から〝無理だ〟とか〝うまくいかなかったらどうするんだ!?〟と考える人と、〝それは素晴らしい。是非やるべきだ〟〝きっとうまくいく〟〝どうにかなるよ〟と考える2種類の人がいます。
前者のような人々ばかりだと発展や前進はないでしょうが、後者の人々ばかりでもこれまた世の中大混乱ということになるでしょう。
両者がいてバランスが取れて、世の中は成り立っているのだと思います。
しかし積極的プラス思考…肯定的にものごとを考えることで、不安から解き放たれて行動的に生きることができます。
またたとえ失敗しても「どうにかなるさ!」とその失敗を引きずらず、精神的なダメージを受けることが少ないと言えるでしょう。
ものごとは自分のイメージ通り、思惑通りに進むなんてことは滅多にありません。
「そもそも人生簡単にうまくはいかない」と考えることが大切です。
その上で、うまくいかなくてもいいんだ、それを受容しよう、自分も他人も赦そう、という思いになれると、より積極的にものごとにトライしていくことができるようになるでしょう。
今朝の聖書で注目すべきは、非常に多くの群衆が集まっていたことです。
他の福音書によると大人の男性だけで五千人、恐らく女性や子どもも入れると万の数の人々が集まっていました。
日が暮れて食事の時間になったとき、弟子たちは群衆を解放させてめいめい食事をさせるべきと考えました。
これに対してイエス様は、「あなたたちが群衆のために食事を準備しなさい」と言います。
ところがそこにはパンが5つと魚が2匹だけしかなく、弟子たちは万を越える人々に食事を提供させることはできない、無理だと主張します。
するとイエス様は5つのパンと2匹の魚を自分のところへ持って来させ、ご自身が天に祈りを捧げてのち弟子たちにお与えになったのです。
そこで弟子たちは群衆に配り始めました。
パンと魚は人々に行き渡り、群衆はみな満腹し、なおパンの余りが12のかごにいっぱいになった、とあります。
今朝のこの奇跡からどのようなことが学べるでしょう。
奇跡そのものに目をとめるも良し。
神に頼って祈ることの大切さに学ぶも良し。
さらに、どんな時でもポジティブにものごとに取り組む、そうすれば必ず道は開かれる、と学ぶこともできます。
いずれにしろ、聖書の教えに従って生きることが大切なのです。
新しい一週間、ポジティブな思考を心がけましょう。
*人名・地名等の表記は最新版の新改訳聖書2017にできる限り則っています
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