使徒の働き 1章7-14節
7) イエスは彼らに言われた。「いつとか、どんな時とかいうことは、あなたがたの知るところではありません。それは、父がご自分の権威をもって定めておられることです。
8) しかし、聖霊があなたがたの上に臨(のぞ)むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。
9) そう言ってから、イエスは使徒たちが見ている間に上げられた。そして雲がイエスを包み、彼らの目には見えなくなった。
10) イエスが上(のぼ)って行かれるとき、使徒たちは天を見つめていた。すると見よ、白い衣を着た二人の人が、彼らのそばに立っていた。
11) そしてこう言った。「ガリラヤの人たち、どうして天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行くのをあなたがたが見たのと同じ有様(ありさま)で、またおいでになります。」
12) そこで使徒たちはオリーブという山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムに近く、安息日に歩くことが許される道のりのところにあった。
13)彼らは町に入ると、泊まっている屋上の部屋に上がった。この人たちは、ペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党員シモンとヤコブの子ユダであった。 14) 彼らはみな、女たちとイエスの母マリア、およびイエスの兄弟たちとともに、いつも心を一つにして祈っていた。
(聖書 新改訳2017/©︎2017 新日本聖書刊行会)
ユダヤの人々は、イエス様復活後も相変わらず、救い主は〝政治的指導者〟であり、ローマ帝国の支配からユダヤの国を独立解放してくださる存在であると信じていました。
しかしイエス様は、もうそのことについては弟子たちをたしなめることもなく、ただこうおっしゃいました。
「いつとか、どんな時とかいうことは、あなたがたの知るところではありません。それは父が、ご自分の権威をもって定めておられることです。」(7節)
その指導者として、人々に悔い改めて神に立ち返ることを勧めました。
神の国が到来すれば確かにこの世のすべての権力から人々が解放されることではありますが、〝いつか?〟ということは私たちが知る必要はありません。
天の父が送ってくださる聖霊とともに、毎日を一生懸命に精一杯生きることが大切です。
そんな生き方をするために、私たちが心がけなくてはならないことは何か?
また神の国の基礎となる教会形成と教会の働きのために必要なことは何か?
それは祈りです。
初代教会の始まりは、祈りから始まっています。
祈りを疎かにしてはなりません。
祈りは力となって私たちを導き助け、高みへと引き上げてくださいます。
多くの魂を救いに導くために祈りを怠らず、祈る人、そして、祈る教会になりましょう。
*人名・地名等の表記は最新版の新改訳聖書2017にできる限り則っています
〜【祈りは生活習慣】 使徒の働き 1章7-14節 〜