《 使徒の働き 25章10-21節 》
新総督フェストの「あなたはエルサレムで裁判を受けたいのか?」という質問に、パウロは「私はカイザルに上訴する」と宣言します。
新総督フェストにとってパウロの裁判は悩みの種でした。新天地で民衆の信頼を得たい。しかしローマの市民権を持つパウロを罰することは、パウロに何か非があれば別ですが、何の非もないパウロを罰することはできない。ローマの法に背くことになるからです。
フェストはジレンマの中にありましたが、パウロの「カイザルに上訴する」という発言は、彼から悩みを取り去ることのできるグッドタイミングでした。
パウロがカイザルに上訴したのですから、自分の判断で裁判に決着をつける必要がなくなり、パウロをローマへ送る口実ができたのです。
そしてユダヤを治める領主であるアグリッパ夫妻に、パウロをローマのカイザルのもとへ送ることの正当性を解き、カイザリヤでのパウロの裁判に決着をつけました。
思わぬ形でフェストは自分の悩みを取り除くことができましたが、パウロにとっても思わぬ形でローマへ行き皇帝に会える機会を得ることになったのです。
パウロは皇帝に十字架の福音を語る夢を持っていましたが普通にローマへ行っても皇帝に会えるかどうかは分かりません。
でも皇帝の裁く法廷に出ることで、間違いなく皇帝に会える道が開かれたのです。
私たちの夢や希望は、思わぬ形で実現することがあります。
神のなさることは不思議です。
自分で決めつけず、日々やるべきことを力いっぱいやり
ましょう。
そして思いがけない祝福に期待して歩みましょう。